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EVOLUTION REVOLUTION 第三十五話

 睡眠で休養を取り、食事で栄養をとったにも関わらず、身体が重い。目的地までの道のりが明確にわかっているのに、一歩踏み出すにも、足を前に出すという意識をしっかり持たねばその場に立ち止まってしまいそうだ。本当に重いのは果たして身体か、それとも心か。
 美咲と食事中の会話で、あの事件から二週間経っていたと知った。動かし方を忘れた肉体は動くという行為に違和感を覚えさせ、行く先を考えると心が全身を動かす電気信号に抵抗を生み出す。
 気持ちだけでどうにかそれらをねじ伏せ、都内とは思えないほど閑散とした、平日の道路を歩いていく。
まずい、気持ち悪くなってきた。
昔なら目を閉じていても歩く事ができたはずのその道を、今は一歩一歩、こみ上げる気持ち悪さをこらえながら歩かなくてはならない。
次第に過去の光景と、現在進行形で瞳に映る風景の同化が強まり、それと比例して歩幅が狭くなり、遂にはその足が動かなくなっていった。原因は多分、一際大きくそびえ立つ見覚えがありすぎる白壁の邸宅。今日の目的地の一つ、自分が十二年間という歳月を過ごした入れ物。あれが見えたということは、つまり、自分が罪を犯した現場が見えてくるということ。初めて自分の意志で辿り着いたこの場所で、何かを得なくてはならない。
何の変哲もない、どこの市区町村にもある一本の道路まで、身体を引きずるようにして辿り着いた。この場所で、人の命を奪った。その顔は、
「……え?」
 自分が人を殺した情景を、何度も再生してみる。
 自分の立ち回りを、ナイフの動きを、腕に伝わる感触を、何度再生しても、相手の顔を思い出すことだけがどうしても出来ない。再生機器の故障としか言いようがない。
「ゴミを捨てた事を、一々覚えてはいないだろう?」
 頭に響くいろはの声に、反射的に振り返るが、見通しの良い道路には、人影も、隠れる場所すらない。
「夏場に、耳元を飛び回る蚊を殺したとして、罪悪感を抱くか?」
 今度は自分が口にした言葉が再生される。
「オレ達は似たもの同士だ。そんなお前がオレを拒否する理由がどこにある?」
「違う……」
 おそらく、自分だけにしか聞こえていないであろうその声に、先ほどまでの比ではないほどに気分が悪くなり、足元がふらつき、よろめいて道路わきの民家の塀にもたれかかる。それでも自分の身体を支えきる事が出来ず、そのまま座り込んでしまう。
「俺は、お前とは違う」
「どこがどう、違うんだ?」
 明確に違うという事はわかっているのに、その違いを指摘する事ができない。冷え切った右手で顔を覆い隠し、考えてみても、いろはと自分が違う人間だという事の証明方法が思いつかない。
「自分で自分を否定するな。それがどういうことかわかっただろう?」
「ふざけるな……!」
 顔を覆っていた手で、そのまま幻覚を振り払おうと壁を思い切り叩き、痛みを喝としてどうにか立ち上がる。
「俺は……俺だ」
「すぐにわかるさ」
 憫笑を残し、いろはの幻影は消えていった。
「俺は、俺だ……」
 そう、呟かなければ自分ではいられないような気がして、瞳を閉じて、言い聞かせるように口にしたその言葉は、晴れ渡る空へと吸い込まれていった。
 まぶたに浮かぶのはいろはの死に立ち会っていた美咲の姿。彼女もいろはの死を悲しんでいたのだろうか。人の心の中など考えても答えは出ないことはわかっているのに、精神感応を使えばいいと、面倒だと、捨ててきたのに。今は相手の気持ちがわからないことがつらい。
 歩き出せずにどのくらいの時間が経過しただろうか。
「すごい、くまだな。少年」
 わからないことを考えすぎてオーバーヒート寸前の頭をどうにか働かせて、いつの間にかうつむいていた顔を上げた先には、一人の女性が立っていた。
 手入れをしていないのかぼさぼさの長いストレートの黒髪に、落ち着いた淡い色のカーディガンを羽織り、ひざ下三十センチはあろうロングスカートを履く、全体的に落ち着いた雰囲気を纏ったその女性は、高校生から女子大生くらいの顔を貼り付けて立っていた。ただ、醸し出す雰囲気からするともう少し年上かもしれない。
「ん?どうした。あたしの顔に何かついているかい?」
「……いや」
ニヒルに笑うその表情から、相当な年月がにじみ出ていた。もし、不老不死の魔女が中世から今日まで生き続けているとしたらこんな感じかもしれない。
「誰だ」
 その人は、子供の相手は苦手なんだよなというような調子で気まずそうに頭をかいた。そこから漂うのは香水やシャンプーの香りなどではなく、最近になってかぎ慣れてしまったタバコのにおい。この距離でも届くということは結構な喫煙家かもしれない。タバコの香りの香水が存在するならば話は別だが。
 そんなくだらない話を考え付くくらいの時間を空けた後、その人はある一軒家を指差して逆に質問を返してきた。
「そこの家、どんな人間が住んでいたか知っているか?」
「少年犯罪者」
 そいつのことならば誰よりも知っている自信があった。他ならぬ自分自身の事だからだ。
「そう。じゃあ、そいつが五年前から刑務所に収容されているのも」
「知ってる」
 正確に言えば現在進行形ではなく、過去形なのだが、それは今言うべき事ではないだろう。
「そこの刑務所の看守があたしの夫」
 それと、彼女がここにいる理由がどう繋がるのか。ほとんど顔も思い出せない看守に関連した記憶を引き出そうと試みるが、特に看守と会話らしい会話をした覚えがないので思い当たる節など皆無だ。
「いや、正確に言えば元・夫。その子が彼を殺したから、あたしゃ、未亡人」
 さばさばしたその言葉が爪をなして、心臓を鷲掴みにした。いつ、どこで。必死に検索して、一つだけ心当たりが引っかかった。
 髪を切る時に、近くにあった刃物を念動力で操った時、周りの人間はどうなったか。適当に振り回した結果、飛び散ったその血は誰のものだったか。
 その答えが、自ら起こした行動の結果が、今、
「恨んで……」
 いつの間にか取り出したタバコに火を点けながら、その人は小さな呟きを逃さなかった。
「最初はすごく。いや、それよりも空虚感っていうのかな。ぽっかりと穴が開いたような。実感するまでに少し時間がかかって、実感した時は何で彼が?って」
 空を見上げながら話すその人の姿を見て、この人はそれを乗り越えてここに立っているのだと感じた。
 だとしたら、自分もいろはを失った時に生まれたこの思いを乗り越えられるのだろうか。大切な人を亡くした者と、人を殺した者、立場が全く違えども抱える事になった負の感情は全く同じなのか。いや、違ってもいい。それを乗り越える方法をどうしても知りたいのだ。
「どうやって、それを乗り越えたんだ」
 年上を全く敬わない少年にも構わず、その女性は遠くを見るように目を細めた。
「時間と、後は自分が今まで積み重ねてきたものだよ。家族や友人、後輩。同じ苦しみを分かち合えるなら支え合えるだろうし、信頼で結ばれた人間関係はそういう時に力を発揮するものだって、少なくともあたしはそう、知った」
「信頼で結ばれた人間関係……」
 美咲、荒巻、夜絵の顔が次々と浮かぶが、信頼という言葉と自分が、いかに距離をとっていたのかを思い知らされるだけの結果にしかならない。見限られた自分に残されたものなどありはしない。もしかしたら、十七年間の自分の人生で積み重ねてきたものは、罪しかないのかもしれない。
「人を殺したそいつは、どうしたらいいと思う?」
 すがるような瞳をまっすぐに見返され、心の奥を、自分の正体を気付かれたくなくて、すぐに目を背けていた。もし、死ねと言われたら死んでいたかもしれない。だが、彼女の裁定はそうではなかった。
「あたしは、警察でも検事でも、ましてや裁判官でもない。今の世の中で罪を裁くのは法だ。あたしは何も言えない。でも、少年犯罪者は本当に悪いのか、一人で考える事はある。未成年者はまだ子供だ。自分の行動の善悪すらつかないことは多々ある。それを教えるのは親の役目であり、義務だ。そして、地域や社会の問題でもある。助け合い、教えていかなければならないんだ。なぜなら、そいつらは人を殺してはいけないという、当たり前のこともわからないからだ」
「でも、そいつの罪はそいつ自身のものだ」
「ああ、誰にも渡す事の出来ない大きな荷物だな。そいつをどうするか考える事、そして考えたことを実行するのもそいつの罰の一部だ。そして、その結果を見守ってやるのが大人や、社会の役目だ。その荷物の重さを理解できるのなら、の話だけどね。死んで終わりでは、あまりにも軽すぎるとあたしは思うね」
「罪の重さを感じながら、生きて、罪を償う……?」
「個人的な見解だけどね。その苦しさこそが罰だ。迷いがあるなら、自分を知る人間を探すといい。あたしみたいな他人からじゃ届かない言葉もあるだろうし、逆もまた然りだ。人の話に耳を傾けろ。まずはそこからだ」
 まるでタバコ一本吸い終わるまでがタイムリミットだったかのように、その人はあっけなく去っていった。元・夫の仇を置き去りにして。
「はっ。あんな奴の言うこと、聞くわけないよな」
 頭に響くいろはの声に、もう振り返りはしない。
「悪いな。俺は、天邪鬼なんだよ」
 だから、いろはの言うことは聞かない。それはつまり、彼女の言葉に従うということ。
まずは、自分を知る人間を探す。それはきっと、縁を切った父親や顔も覚えていない母親ではなく、最新の彼の状況を知っている彼らのはずだ。見捨てられていたとしても、つらい事実を突きつけられても、覚悟を決めよう。話を聞いた上でしか出せない答えがあるはずだから。今の会話のように。
 しかし、その前にもう一つ、寄りたい場所があった。この近くにある、思い出の場所へ。過去の記憶を頼りに、春人は歩き始めた。普段よりは遅く、さっきまでよりは軽く。
# by infinity-Ever17 | 2010-08-22 01:14 | EVOLUTION REVOLUTION

EVOLUTION REVOLUTION 第三十四話


 春人と夜絵が行動不能に陥り、調査も完全に行き詰まり状態。しかし、猫の手を借りられずに済んでいた暇な日常もようやく終わりを迎える。本日、ようやく田中防衛大臣との面会の場が設けられた。
「荒巻です。失礼します」
 前回と同じ会議室三に、前回と違い、すでに松院の姿がある。
「やあ、荒巻君。なんだか随分と大変な状況みたいだねえ」
「いえ」
 あまりに大変じゃない事のように言うので、思わず否定してしまったものの、現在の状況で動けるのが二人だけという状況が、大変でない状況のわけがない。しかも、二人のうち一人は春人の世話を任せてあるため、数に入れていいものか悩み物である。
「今回は、えーと……何の話だっけ?」
「ご多忙のところ、わざわざ申し訳ありません」
「いやいや、これで事件が解決に向かうのなら安いものだよ」
面会を申し出てからこうして実際にそれが訪れるまで、実に二週間もかかったのだ。彼が多忙じゃないわけがない。お互いにそれがわかっているものとして、世間話を挟まず、本題を切り出す事にした。
「一つ、お尋ねしたい事がありまして、直接、ご足労願いました」
「何かな?違法献金のルートなら公表できないよ?」
 あるのか。違法献金。この場に不相応な言葉が飛び出して、思わず凍りついた。
「ん?嫌だな。冗談だよ。私は法に触れることはしていない、クリーンな政治家です」
 違う。信じる信じないの問題以前に、そういう冗句をこういう場で口にすることに対してひいているのだ。何しろ、今回荒巻が持ってきた話題は、その柔和な態度ではぐらかされてはいけないような類のものだ。
「日本が、……日本という国が核兵器を保有しているという話は、本当ですか?」
 老練な政治家の顔には、一切の変化がうかがえない。
「荒巻君」
「はい」
 ただ、その口調から、雰囲気から、ふざけた調子が消えたのは確かだった。
「めったな事を口にするものではないよ」
 お前が言うな。相手によっては言いたいセリフではあったが、この、目元に笑みが見えない相手には、言えるセリフではなかった。
「そもそも、非核三原則という法を、君は知らないのかい?」
「それも、核保有を隠蔽する建前だと」
 情報源はとても胡散臭い相手。だが、彼の言葉には真実味が散りばめられており、それを否定する目の前の相手には不信感が漂う。公的には信頼されるはずの相手なのに。
「どこからそういう情報が流れてきたのか知らないけれど、チームのリーダーでもある自衛隊員の君が、虚偽の情報に踊らされてはいけないよ」
 疑わしきは、国か。
――それでも貴方は、国に変わらぬ忠誠を尽くすことが出来ますか?
 この質問にもし「当たり前だ」と、迷わずに答えることが出来ていたならば、この面会など必要なく、今までのように淡々と任務をこなしていたのだろう。真偽を確かめに来た時点で、自分の迷いは立証されている。
「ネオアトミック」
 ぴくっと、頬の筋肉が反応したように見えた。
「従来の原子爆弾を大きく進化させた核ミサイル。過去のデータを遥かに凌ぐ精密さと、米軍をも欺けるほどのステルス性を同居させた悪魔の兵器。日本の技術力なら製造されていても不思議ではないと」
 神崎静馬は言っていた。
「確かに、日本の技術力は世界に誇れるものだろう。だがね、それは人類の発展の為のものであって、争いの道具として利用するものではないだろう?」
 それは、明言を避ける政治家特有の煙に巻く言い回し。だが、
「その言葉、信用させていただきます」
ひとまずは、誰の為でもなく、自分を揺るがせない為に。
# by infinity-Ever17 | 2010-08-07 11:48 | EVOLUTION REVOLUTION

EVOLUTION REVOLUTION 第三十三話

 しっかりと睡眠をむさぼった後、眼球と下界の空気を遮断していた幕を開くと、今度は視界が一面の白に支配された。食事をとらなかった事による視力の故障かと焦ったが、五感のうち触覚から得られた柔らかさで、美咲に抱きしめられながら眠っていた事を思い出し、ゆっくりとその身を離すと視界は正常に作動していた。
「美咲」
「んー?」
 どうやらお互いがお互いに寄りかかりながら眠っていたらしい。身体が少し痛むものの、頭はすっきりとしていた。美咲は寝ぼけ眼をこすりながら寝ぼけた声を出し、辺りを見渡し、視界にあるものが映った。
「ご飯、冷めちゃったね」
 半目のまま、聞き取りづらい口調で湯気が消え去った食事の心配をした。部屋の中でも冷たい空気を感じるこの季節とはいえ、一体どのくらい寝ていたのか。少なくとも時間の概念が消えかけている春人には予想をつけることすら難しい。
「温めなおせばいいだろう」
 すっきりした頭で部屋の片隅にある電子レンジを指差して言うと、美咲は一瞬だけ呆気に取られた幼女のような表情を見せた。しかし、すぐにそれを引っ込めると母親のような穏やかな表情に戻り言い放つ。
「春人らしくなった」
 どういう意味か考えるも、空腹感に抗えなくなり、思考を投げ出し、おかず達をラップにかけて次々とレンジに放り込んだ。
# by infinity-Ever17 | 2010-08-01 02:10 | EVOLUTION REVOLUTION

EVOLUTION REVOLUTION 第三十二話

月日の経過がわからなくなっていた。部屋から一歩も出ないからかもしれない。
藤宮春人は辛うじて生かされている状態だった。あの日からの曖昧な記憶に頼るならば、時折、美咲が現れて食事の世話をしてくれていたようだ。
余計な事をと思いつつも、気付けばその食事を口にしている自分がいる。
荒巻は、最初の日以降姿を見せず、夜絵にいたっては一度もその姿を見ていない。
「……当然か」
 久しぶりに聞いた自分の声は、ひどくかすれたものとして部屋に響いた。
 きっと自分は見捨てられたのだろう。追いかけている事件のリーダーを殺して、事件が収束したのならば自分は用済みのはずだ。
 あれから、何日が経ったのだろう。何ヶ月、それとも何年かもしれない。夢と現実の境をさまよって、村瀬いろはを殺してうなされて目が覚める。その夢を恐れて眠る事ができず、その幻覚に怯えて起きている事さえできない。
「春人……なぜわかりあえない」
 心臓を掴まれたような苦しみに、自分でも気付かずに閉じていたまぶたを、開いた。
 人にとって強烈な記憶は消えにくいもののようだ。もしかすると、それ以降得ている情報が電気も点けていない簡素な自分の部屋の光景だけだから記憶に上書きが行なわれないだけなのかもしれないが、外に出る気も起きない。
「春人、ご飯出来たから」
 いつの間にいたのだろうか、美咲がもう何度目か、テーブルにご飯とおかずを並べ終わり、胸に手をあて、心配そうに瞳を覗きこんでいた。
 ぼんやりとその目を見つめ返し、ふと、一つの可能性が頭に浮かんだ。
「美咲、俺の……心が流れ込んで、つらいんじゃないか?」
「大丈夫」
 自分の胸を強く掴み、つらそうに顔をしかめながらいうその言葉に、説得力など全くない。きっとつらいのだろう。それでも、自分と同じ痛みを感じながら、美咲は世話を焼いてくれている。
「……どうして」
 主語も述語もない。自分でもわからない。その呟きに、美咲は首を傾げている。その、吸い込まれそうになるくらい無垢な瞳に見入っているうちに春人は、気付けば涙していた。
 勝手に流れていく涙の理由など、自分でもわからない。でも、この涙はつらさや苦しさとは無縁のものだということだけ、何となく理解していた。
「大丈夫?」
「……悪い。何か、……わからないけど」
 拭うとそれは初冬の雪のように儚く消えていった。
 拭ったその手を見つめて、この涙の意味を考えて、答えが出なくて、いきなり温かい何かに包まれていた。
「……これは、何……だ?」
「ハグ」
 包み込むそれに、視界が阻まれ、頭の上から聞こえた声で、美咲に抱きしめられているのだとようやくわかる。
「いや?」
 その身体のように、柔らかくて温かい声に問われて、春人は緩やかに首を横に振った。嫌ではないけれど、美咲の真意が不明瞭なだけ。
「こうしたら落ち着くって言われた」
「誰に?」
「明日香さん」
「誰だよ」
 でも、少し落ち着いている自分がいる。目を閉じるのも怖かった最近だが、久しぶりに視界を閉ざしても恐怖を感じなかった。ただ、これはちょっと、
「恥ずい」
「ん?」
 頭上で首をひねる気配を感じる。おそらくというか絶対、気恥ずかしい気持ちも美咲に流れ込んでいるはずで、わざとかもしれない。
「美咲、もういい、落ち着いた」
「うん?」
 ぎゅっと、背中に回された腕に力が入る。完璧に捕縛された。その腕をどうにか解こうともがいてみるものの、まともに寝ておらず、食事もろくにとっていないせいか、うまく力が入らず、仕方がないので平らでも豊満でもない、中途半端な胸で落ち着かせてもらう事にした。
「美咲」
「うん」
「ありがとう」
 伝えたい事だけ素直に伝えると、かすかな空腹感を覚えつつ、久々の安息に、深い眠りへと誘われた。
# by infinity-Ever17 | 2010-07-24 01:16 | EVOLUTION REVOLUTION

EVOLUTION REVOLUTION 第三十一話

 策士は静かに微笑む。
 駒を一つ失ったものの、おかげで強力な駒を得るための布石は出来た。この日までの出来事は全て、彼の思惑通りに進んでいる。ただ、あまりに思惑通りに進みすぎて、達成感に乏しいのが難点だが、この先の大願を考えれば、それもまた許せる。
 全ての物語は彼のシナリオ通りに進み、全ての事象は彼の虚ろを満たすためだけに起こる。
 虚ろ。それだけが彼の生きる意味。そして、最大の障害。まるでブラックホールのように全てを飲み込み、ちっぽけな出来事は存在しなかったかのように消し去られる。常に物足りなさを感じる空虚な心を満たすためには、大きなことを、より大きなことを望むしかなかった。そう、地球の歴史に残る程に大きなことを。
「つまらない世の中に終幕を」
彼もまた、今を変えるために動く。
# by infinity-Ever17 | 2010-07-17 01:50 | EVOLUTION REVOLUTION